学術情報

犬猫の高血圧症についてA

東京農工大学 農学部 獣医学科 助教 福島隆治
現日本獣医生命科学大学を卒業後、東京都内での動物病院勤務を経て、日本獣医生命科学大学 博士課程を修了。専門は循環器、超音波診断。

はじめに

前回、会陰ヘルニア整復術の術前検査にて本態性高血圧が疑われた症例に対して、手術に先行して血圧コントロールを試みた。そして、十分かつ良好な血圧コントロール下で会陰ヘルニア整復術を無事に完遂できた。

第1回目の項にも述べたが、犬猫の高血圧の90%以上の原因は何らかの疾患に続発する二次性(続発性)高血圧とされる。その中でも、腎不全に併発する高血圧が、臨床現場において最も多く目にする機会があると思われる。また今日の獣医療において、手術中の血圧モニタリングが重要視されつつあるが、それは主に低血圧に関してのみ注意が払われている。また、手術前ならびに手術後の血圧モニタリングは軽視されがちである。

第2回目の今回は、手術中に高血圧を認め、手術後に高血圧を伴う急性腎不全に陥った患者に対して、血圧コントロールならびに腎不全治療を行った症例の経過を紹介する。

 

人医療において高血圧は、心筋梗塞や脳卒中に深く関与することから、血圧コントロールは重要な意味合いを持っている。犬猫の高血圧の原因は人と同様に、原発性(本態性)と何らかの疾患に続発する二次性(続発性)に区分される。しかし、人の高血圧の殆どが本態性であるのに対し、犬猫の高血圧の90%以上の原因は続発性といわれている。しかし、この理由に関しては、これまでの獣医療において血圧測定の実施頻度が甚だ低く、何らかの疾病により来院した患者に対しての測定に限定していたことが、大きく寄与しているものと考えられる。よって、犬猫に対する血圧測定の実施頻度が高くなれば、これまで言われてきた犬猫の高血圧の原因比率も大きく異なる可能性がある。

今回、手術前検査の一環として血圧測定を行ったところ高血圧の存在が明らかとなったため、血圧コントロールの実施後に手術を行った犬の1例を紹介する。

症例

ウェルシュコーギー、雄(去勢済み)、5歳。

7か月前頃より排便しづらいとのことで近医を受診、直腸憩室の存在を指摘され、緩下剤やラクツロースなど便秘に対する対症療法を行っていたが改善が認められず、精査のため本大学を紹介された。また便秘が続くと食欲低下と嘔吐が一時的にみられたが、一般状態は良好であった。

 

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■身体一般検査所見

体重12.45 kg(BCS=4)と軽度の肥満が認められた。また、直腸検査において6~11時方向に憩室が触知された。

■血液生化学検査所見

ヘマトクリット値(61 %)、血漿ALT濃度(127 IU/L)および血漿アルブミン濃度(3.8 g/dl)が軽度上昇していた以外は基準範囲内であった。

■腹部X線検査所見

直腸造影検査(ガストログラフィン)で直腸憩室を確認。

■腹部X線検査所見

会陰ヘルニアが認められた。

■心臓超音波検査

心筋肥大は認められなかった。弁閉鎖不全および異常血流は認められなかった。

■腹部超音波検査所見

特筆すべき異常は認められなかった。

■術前の血圧測定

実施しなかった。

■治療および経過

第3病日に直腸憩室整復術を実施。手術中は循環の維持のため酢酸リンゲル液5 ml/kg/hrを点滴したところ、血圧上昇(SAP:185〜200 mmHg)を認めた。そこで、3 ml/kg/hrまで流量を減じ手術を終えた(SAP:160〜180 mmHg)。また、術後も酢酸リンゲル液3 ml/kg/hrを継続した。翌日の血圧測定においても高血圧が観察され(SAP:>190mmHg)、血液検査で腎数値の上昇(BUN:70.5 mg/dl,Cre :4.0 mg/dl)を認めた。また、食欲ならびに活力も低下し、嘔吐を頻回にわたり繰り返していた。術前のBUNならびにCreは基準値内であることから急性腎不全と判断した。急性腎不全治療として酢酸リンゲルの点滴静注と同時にブクラデシンナトリウム15 μg/kg/minの持続点滴、そして塩酸ドパミン3 μg/kg/minの持続点滴を行った(第4病日)。また、ベシル酸アムロジピン0.3 mg/kg SIDの経口投与も開始した。第7病日において、BUN(32.1 mg/dl)の改善はみられるものの、Cre(2.5 mg/dl)は依然高値が続いていた。そのため、ブクラデシンナトリウムと塩酸ドパミンの投与を中止し、塩酸ジルチアゼム2 μg/kg/minの持続点滴に変更した。翌日にはBUNならびにCreも基準値までに低下した。また、食欲ならびに活力も回復を示した。第12病日にピモベンダン0.2mg/kg BIDおよび薬用活性炭の経口投与を追加した。塩酸ジルチアゼムは第12病日まで継続投与した(のべ5日間)。第17病日には全ての点滴治療を中止した。第19病日には薬剤の経口投与のみで腎数値が安定するのが確認できたため退院とした。
現在は、アムロジピン0.3 mg/kg SID、ピモベンダン0.2mg/kg BID、薬用活性炭の内服投与でBUN20〜30 mmHg,Cre 1.5 mg/dl未満かつ一般状態も良好に経過している。

 また、第25病日にイオヘキソール試験実施したところ99.7ml/min/m2 (基準値:74.1±44.5 ml/min/m2)であり、腎臓クリアランスには問題ないと判断された。

 

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まとめ

本症例は手術後に急性腎不全に陥った。そして、術中そして術後数日の血圧は高値を示した。犬猫の慢性腎不全と高血圧との関連性は既に報告されているが、急性腎不全との関連性は詳細には明らかにされていない。今回、残念ながら術前の血圧測定を行わなかったため、本症例において急性腎不全と高血圧との明確な関連性を明らかにすることはできなかった。

しかし、麻酔導入後の血圧モニターにおいて既に高血圧が確認されているため、高血圧が術前に存在していた可能性がある。一方、高血圧が長期間持続すると心筋肥大を来たすことが明らかにされているが、術前の心エコー検査では心筋肥大が認められなかった。よって、術前には高血圧が存在しなかった可能性も否定できない。誠にもって術前の血圧測定の実施の必要性を痛感させられた症例である。

本症例の急性腎不全に対して、当初は塩酸ドパミンの投与を行ったが、期待通りの効果が得られなかった。また、BUNやCreの低下度も満足できるものではなかった。また、血圧測定を行ったところ術中と同様に高血圧を呈していた。よって、手術中に高血圧が認識された時点で、迅速に降圧治療を行うべきであったと反省している。我々は高血圧の存在と急性腎不全との強い関連性を疑い投薬の見直しを行った。その結果、昇圧作用を有する塩酸ドパミンが高血圧(そして乏尿)に対して良い影響を与えていないものと推察した。

そこで、降圧を目的として腎臓の輸入細動脈ならびに輸出細動脈の拡張作用を有する、カルシウムチャネルブロッカーである塩酸ジルチアゼムの投与に切り替えた。塩酸ジルチアゼムはレプトスピラ感染による急性腎不全症例に対して、有効であることが報告されている(参考)。

この報告では、一般的な急性腎不全治療法と比較して、塩酸ジルチアゼムの微量点滴が施された個体のBUNやCreの低下度が高く、入院期日の短縮が認められている。この理由として、前述の輸入細動脈ならびに輸出細動脈の拡張作用や、細胞内カルシウム過負荷を抑制する作用などによる糸球体ろ過量増加効果や腎臓保護効果などが考察されている。

本症例において、BUNとCreの低下さらには血圧の下降も塩酸ジルチアゼムの投与後から顕著に現れた感がある。実際、我々は急性腎不全のみでなく慢性腎不全の患者においても高血圧やその他の治療に対して反応が低い場合に塩酸ジルチアゼムを使用しており、良い感触を得ている。一方、塩酸ジルチアゼムは、陰性変時作用(心拍数を遅くする)、陰性変力作用(心収縮力を弱める)、降圧作用(血圧を低下させる)などを有しているため、徐脈、心収縮力が弱い、低血圧の患者には使用しないほうが良いだろう。最後に、今回の症例からの教訓として繰り返しとはなるが、術前の血圧測定と、術中の高血圧の対処法の重要性を学ばせていただいた。

 

感謝
貴重な本症例を紹介していただいた東京都府中市のアンソニー動物病院(渡邊 敬院長)に深く感謝いたします。

 

キーワード:急性腎不全、塩酸ジルチアゼム、術前の血圧測定

*:犬の急性腎不全時における塩酸ジルチアゼムの投与量
0.1〜0.5mg/kgをボーラス投与後に、1〜5μg/kg/minを静脈内点滴投与
参考:Evaluation of Adding Diltiazem Therapy to Standard Treatment of Acute Renal Failure Caused by Leptospirosis: 18 Dogs (1998-2001)
J Vet Emerg Crit Care. June 2007;17(2):149-158.
Karol A. Mathews, DVM, DVSc, DACVECC, Gabrielle Monteith, BSc

 


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