学術情報

犬猫の高血圧症についてC

東京農工大学 農学部 獣医学科 准教授 福島隆治
現日本獣医生命科学大学を卒業後、東京都内での動物病院勤務を経て、日本獣医生命科学大学 博士課程を修了。専門は循環器、超音波診断。

はじめに

 第1回から3回までは、犬の高血圧症について治療経過を紹介してきた。実際の臨床現場においては、犬よりも寧ろ猫の高血圧症に多く遭遇する感がある。症例は当初、近医にて心内膜の高エコー所見と胸水貯留などから拘束型心筋症(RCM)と診断され治療を受けていたが、臨床症状の改善がみられなかった。我々は、非観血的血圧測定、超音波診断、血中ホルモン濃度測定および血液生化学検査などの結果から、本態性高血圧症と診断した。今回は、その症例の治療経過を紹介する。

症例

ヒマラヤン、9歳、体重3.2kgの避妊雌。

■既往歴

臍ヘルニア、便秘、好酸球皮膚炎を罹患しており、過去にグルココルチコイドの間欠的な投薬歴があった。

■稟告

活力減退、食欲不振、多飲多尿、呼吸速拍および眼球の変色が主訴であった。また来院時には、紹介元の動物病院によりエナラプリル0.3mg/kg/BIDとフロセミド1.7mg/kg/BIDがすでに処方されていた。

■聴診所見

左側心尖部でLevineU/Yの収縮期雑音を聴取した。

■胸部レントゲン検査所見

極少量の胸水貯留像が認められた。

■血圧測定値

オシロメトリック法を測定原理とした血圧測定では、収縮期血圧(SAP)、平均血圧(MAP)および拡張期血圧(DAP)はそれぞれ223 mmHg (基準値:139±18.9 mmHg)、189 mmHg(基準値:110±15.9 mmHg)および158mmHg(基準値:89±14.9 mmHg)であった。なお基準値は我々の施設での値である。

■眼底検査所見

右眼の硝子体出血、網膜出血および網膜剥離、左眼の網膜出血と網膜剥離が認められ、両眼とも既に失明していた。

右:眼底出血、網膜剥離

左:眼底出血

眼底出血、網膜剥離

血管の怒張、眼底出血

■尿検査所見

尿比重は1.035と十分に濃縮されおり、また尿タンパク、ビリルビンは認められなかった。尿沈査において異常所見は認められなかった。

■血液生化学検査所見

CBCの各項目では異常を認めなかった。血液生化学検査においてBUN 35.8 mg/dlと僅かに上昇していたが、Cre 1.3 mg/dlであり正常範囲内であった。また、TP 8.0 g/dlでありALB 4.1 g/dlであることから脱水が示唆された。よって、BUNの僅かな上昇は腎前性によるものと判断した。また、その他の項目に異常値を認めなかった。血清総T4 値は2.2μg/dl、血清アルドステロン値は264 pg/ml、血清コルチゾール値2.5 μg/dl であり、全て参考基準値内であった。

■腹部エコー検査所見

副腎の長さ×幅×厚さは、左側10.5×4.4×3.6mmと右側10.3×4.3×3.5mmであり正常範囲の大きさであった。腎臓の形態や内部構造に異常を認めなかった。

■心エコー検査所見

拡張末期心室中隔厚、拡張末期左室後壁厚、拡張末期左心室内径および収縮末期左心室内径、それぞれ4.2 mm、5.1 mm、13.1 mmおよび4.8 mmであり、左室内径短縮率は63.0 %と基準範囲内であったが、軽度の左心室内膜の高エコー化と不整が確認された。なお各弁口部において逆流、狭窄血流あるいは短絡血流などの異常所見は認められなかった。また、安静時には心雑音が聴取されないことから、初診時に聴取した心雑音は機能性雑音であると判断した。また、弁構造の異常、尤疣物なども観察されなかった。

■診断

これら各種の検査結果により本態性高血圧症と仮診断した。

■治療および経過

この時点では、軽度の左心室内膜の高エコー化と不整が認められるためRCMを完全に除外することはできなかった。

高血圧症状および少量の胸水貯留などの心不全徴候を認めたことから心不全治療薬のうち降圧効果を持つ塩酸ジルチアゼム1.5mg/kg/TID、塩酸ベナゼプリル0.4mg/kg/SIDそしてジピリダモール12.5mg/head/BIDにより治療を開始した。また、治療開始から1ヵ月以上経過した時点で塩酸ジルチアゼムの血中濃度を測定した。

その結果、投与後4時間の血中濃度は238ng/ml (無投薬コントロール猫 5ng/ml以下、塩酸ジルチアゼム1mg/kgを経口投与したときの最高血中濃度360±130ng/ml)であり、それは十分に治療域に達していたと思われた。

SAPは治療前の210〜230 mmHgから180〜190 mmHgへと低下し、一般状態の改善が認められたため同様の治療を継続した。また、血液生化学検査ではBUN 25.0 mg/dl、Cre 1.2 mg/dl、TP 7.5g/dlおよびALB 3.1g/dlと正常範囲内であった。

眼底所見として、網膜剥離は依然存在しているものの、血管の怒張や眼底出血は著しく改善していた。また、初診時に認められた心内膜の高エコー所見は、その後の心エコー検査において認められなくなった。よって、RCMを除外することで本態性高血圧症の診断を下した。

その後、一般状態は安定していたが、しばらくして再度、SAP 200 mmHg以上となり、活力低下と食欲不振などの臨床症状を呈した。そこで降圧効果に主眼を置き、塩酸ジルチアゼムから、ベシル酸アムロジピン0.625 mg/head/SIDに変更した。その際、塩酸ベナゼプリルとジピリダモールの用量と用法は変更せずに継続した。

ベシル酸アムロジピン投与開始3日後にはSAP、MAPおよびDAPはそれぞれ188、157および131 mmHgに低下した。さらに1ヵ月後にはSAP、MAPおよびDAPはそれぞれ148、124および106 mmHgにまで低下し、本症例の一般状態は著しく改善した。そしてベシル酸アムロジピンの投与開始から約5年が経過したが、SAP 130〜160 mmHgと良好な血圧コントロールと臨床状態を維持している。しかし、初診時の眼底検査所見において認められた両眼の網膜剥離に回復は認められない。

まとめ

本態性高血圧とは、高血圧を引き起こす原因となる基礎疾患を特定することのできない疾患と定義されている。しかし、本症例は当初はRCMを疑っていた。RCMによる心内膜の高エコー化の原因は、心内膜と心内膜下心筋の高度繊維化やアミロイド物質などの沈着のためであり、不可逆性である。

一方、高血圧で認められる心内膜の不整を伴う高エコー化は、圧負荷による心内膜および心筋の肥厚が原因であり、ある程度の降圧が達成されれば可逆的に改善する可能性があることが既に知られている。

また、脱水や利尿薬投与により循環血漿量が不足している状態では、心エコー検査において偽の心室内腔の狭小化や偽の心筋肥大、心内膜の高エコー化という所見が認められる。しかし、水和状態が改善されれば、これらの心エコー所見は消失する。

本症例の治療初期には、高血圧症ならびにRCMによる心不全も想定したため、降圧作用をもち猫の心筋症に対する選択薬の一つである塩酸ジルチアゼムを使用していた。本症例は、塩酸ジルチアゼムの投与により臨床症状の著しい改善を認め、治療前後における心エコー検査所見の変化からRCMは否定的である。

高血圧と心筋症は、互いに鑑別しなければならない疾患である。しかし、現実的にはその鑑別に苦慮することもある。本症例は、各種検査により本態性高血圧が疑われた。

本症例は治療経過において、再度の臨床症状の悪化を認めたため、降圧効果が高いベシル酸アムロジピンを選択するに至った。ベシル酸アムロジピンは、陰性変力作用と陰性変時作用が認められず、さらに反射性の交感神経活性作用もない。これはCa2+チャネル遮断薬の主作用であるL型Ca2+チャネル遮断とは別に、神経細胞の終末に存在し、ノルアドレナリンなどの神経伝達物質の遊離に関与する、N型チャネル遮断を有しているためとされる。このことから、臨床的には心筋収縮能の悪化している高血圧患者に対して非常に使用しやすい薬剤であろう。

また、猫の高血圧症例では、しばしば胸水貯留が認められる。これは、猫の肺胸膜の静脈が肺静脈に排泄されていることに大きく関与していると考えられる。そのため、肺静脈圧の上昇により胸水貯留に結びつくことになる。加えて、高血圧の動物は動脈圧のみでなく静脈圧も上昇していることが多いため、これも胸水貯留に関与しているものと考えられる。よって、猫の高血圧では、胸水貯留による全身状態悪化にも十分留意する必要がある。

本症例は治療により一般状態の改善は認められたが、網膜剥離に起回する失明からの回復は不可能であった。そのため、高血圧治療は早期かつ厳格に行うことが望まれるであろう。


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