臨床での整形手術

HJS代表・手術屋
獣医師 中島 尚志

診断精度の向上や、獣医学の進歩に伴う概念の変化から、驚くほど多くの犬や猫が整形疾患に罹患していることが理解されつつある。従来、臨床では選択的科目と考えられる傾向があった整形も、今日では診療の基本技能のひとつであり、今後さらにその重要性は増してくると考えられる。
臨床例への整形外科的介入には、診断、内科的治療あるいは管理、手術、理学療法などがあり、それぞれX線装置、超音波診断装置、消炎鎮痛薬、サプリメント、手術関連機器、装具などさまざまな薬や機器などが使用される。これらは常に進歩を続けており、的確かつ有効な治療を行うためには常に最新の情報を収集しておく必要がある。

臨床での整形手術
獣医学領域の整形手術は、容易なものから難易度の高いものまで多岐におよぶが、日常臨床で手術治療が必要な症例は、骨折、十字靱帯病、膝蓋骨脱臼、いくつかの股関節疾患が大部分を占める。いずれの手術も個体の状況や疾患ステージ、選択される手技により難易度が大きく異なるが、大部分は比較的容易である。つまり、大部分の事例は個々の臨床獣医師が対処可能であり、また、飼い主の利便性を考慮したなら一次病院での実施が望ましいと考えられる。


写真1:十字靭帯関節外ナイロン法

犬の代表的関節疾患の一つである、いわゆる十字靱帯断裂は、今日では断裂以前の十字靭帯の部分断裂や変性を診断し、Cranial Cruciate Ligament Diseaseとして断裂以前に介入する手法が基本となりつつある。しかし、実際に十字靱帯が断裂した際には、断裂に伴う不安定性、および続発症としての半月断裂を制御するために、積極的な手術治療が推奨される。
十字靭帯断裂に対する手技は多くのものが報告されているが実際に選択されるのは多くの場合、TPLOあるいは関節外ナイロン法(写真1)である。両者は長年比較され、その特性に対して議論されてきたが、現時点で最終的な治癒形態に関する個々の優位性は明確にされていない。合併症の発生率もほぼ同様とされている。

ポイント

TPLOは合併症発生の際に、より重篤な病態となりやすく、十分なトレーニングを積んでいない術者には関節外ナイロン法が安全な選択である。

AN靭帯用 3黒ナイロン(松田医科)を使用した関節外ナイロン法

最も容易、かつ確実な十字靱帯断裂安定化術の一つであり、多くの症例で十分な回復が期待できる。使用するのは基本的に大径のモノフィラメントナイロン糸である。5kg以下の個体には松田医科のAN靭帯用 3黒ナイロンが有用である。

注意

関節外包における編み糸の使用は、結紮時の緩みの発生が十数倍になるなど、手技の失敗につながりやすいこと、ときに重篤な縫合糸反応が発生することから基本的に禁忌である。

(1)細胞診用の関節液を採取したのち、関節包を切開して十字靭帯と関節内部、半月を精査する。現時点では断裂した十字靭帯は除去が推奨されている。

(2)膝関節外側にアプローチして外側腓骨頭種子骨を露出し、その付着部に縫合糸を通して、膝蓋靭帯裏面を通過させて脛骨近位に作成した骨孔を通したのちに結紮する(写真2)。
※膝蓋靭帯裏面を通過させずに脛骨に2つの骨孔を作成して結紮する変法も可能である(写真3)。

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骨折治療はLocking Plateの出現によって大きな変遷を迎えた。最も大きな変化は、従来の、力学的強度を優先させた圧迫固定法による強固な内固定法ではなく、骨膜の血行を温存しつつ良好な固定が得られるというBiologicalな固定法に変化した点である。

Locking Plateの固定原理
Conventional Plate(従来型) Locking Plate
プレートを骨に押しつけることでプレート裏面と骨表面の間に生ずる静止摩擦により安定化がなされる。すなわち、スクリューの挿入によってスクリューがプレートを骨に押しつけ、その圧迫力で骨片を固定する。
この手法での安定性はスクリューの固定力に依存しており、スクリューがうまく挿入されていなければその初期強度はきわめて脆弱である。また、プレート形状が骨形態に一致していなければ、スクリューによる引き寄せ作用によって骨変位が発生する。
プレートは骨に圧迫されることはなく、骨片がプレートに引き寄せられることもない。
スクリューヘッドのネジ部とプレートのネジ部がロックされることによって1つの構造体を形成し、骨片を支持する。
すなわち、スクリューの効きに左右されることなく骨片どうしを連続した形態で固定して初期強度を達成する。
Locking Plateのストレス抵抗
Conventional Plate(従来型) Locking Plate
プレートへの負荷の多くはスクリューを引き抜くベクトルに転換される。したがって、強い負荷がかかるとプレートからはスクリューが順次引き抜かれていく。

Conventional Plate のスクリューへの負荷
プレートとスクリューが一体構築されることで、スクリュー単 体への負荷が発生することはなくなり、多くの負荷はすべてのスクリューの側面への圧迫に転換されることで、術後の引き抜きやルーズニングに強力に抵抗する。

Locking Plate のスクリューへの負荷
Locking Plateの有用性

写真4:骨膜血流の違い

Locking Plateは、従来であれば不十分な固定になりがちな症例を、骨のViabilityを低下させることなく固定することができる(写真4)。


写真5:安定性の違い

たとえば、骨端部骨折などではプレートとスクリューの角度安定性を利用して、より安定した固定が可能である。また、Conventional Plateは、粉砕骨折では骨長軸への圧迫や回旋制御が不十分であったが、LockingPlateでは十分な安定が得られる(写真5)。

LCP:Locking Compression Plate

本カタログへの記載はないが、日本で最初に動物に使用可能となったDePuy Synthes社のLocking Plate、LCPには多くの利点がある。
LCPはLocking Compression Plateを意味し、従来のConventional Plateの機能であるDCP:DinamicCompression Plate(動的圧迫プレート)の機能とLocking Plateの機能を有するCombination Holeを持つ。従来の、軸方向に骨端を圧迫する手法や螺旋骨折や斜骨折へのラグスクリュー、そして、そこにLocking機能を追加することも可能であり、Plateの持つ機能をすべて引き出せる製品となっている。

MATRIX MENDIBLE

写真6:MATRIX とスクリュー
同一のプレートに3種のスクリューが使用可能である。
写真7:MATRIX と スクリューの自由度

DePuy Synthes社の、人の顎用チタン製ロッキングプレート、MATRIX(写真6)は小動物の骨折に応用可能である。世界で販売されているロッキングプレートの多くが垂直方向にしかスクリューを挿入できないのにたいして、MATRIXは最大15度まで角度をつけた挿入が可能である(写真7)。
垂直方向にしかスクリュー挿入できない機種では、1本目のスクリュー挿入時にすでに骨が完全に整復され、かつその状態で固定したままプレート装着をしなければならない。したがって、多くの場合、手術はConventional Plate以上の技量が要求される。
自由角でのスクリュー挿入が可能なMATRIXはスクリューを挿入しながらの整復が可能であり、操作はきわめて容易である。
通常のロッキングプレートは専用のドリルガイドなしでの挿入はほぼ不可能であるのに対して、ある程度熟練した術者ならフリーハンドでのスクリュー挿入さえ可能である。

MATRIXによる骨折治療

実際の手技でも、Conventional Plateが完璧に骨形態に合致したベンディングや解剖学的整復が要求されるのにたいして、MATRIXでは、おおよその骨形態にあわせてベンディングしたプレートを、骨の上にのせて順番に骨穿孔、スクリュー挿入するのみで、きわめて簡便である。プレート、スクリューの選択とデザインはおおむね一般のロッキングプレートに準ずる。
Conventional Plateではプレート孔にスクリューが挿入されていない部位の強度が低下するために、基本的にすべてのスクリュー孔にスクリューを挿入する(写真8)。

写真8:Conventional Plate の応力

対してLocking Plateではスクリューが挿入されていない部位で負荷の応力分散を行うために、半分以上のスクリュー孔にはスクリューを鼠入しないことが基本になる。そのために、Conventional Plateに比較すると長いプレートを選択する必要がある(写真9)。

写真9:Locking Plate の応力

ロッキングスクリューの保持力は通常の皮質骨スクリューの3倍とされており、通常では骨折線近位と遠位に2本ずつの使用となる(写真10・11)。


写真12:前腕へのDual での使用

MATRIXの材料であるTitaniumはステンレスに比べて剛性は約1/2、強度は9割程度である。剛性とはおおむね変形しやすさ、強度はおおむね破壊されやすさと考えられる。低い剛性は骨への負荷に追従して変形しつつ応力分散することをあらわし、理論的にステンレスプレートに比較してストレスシールディングがおきにくく、骨Viabilityを温存できる可能性が高いが、変形しやすいために不安定な骨折では、Plate-Rod、Double、Dualなどで使用することが望ましい(写真12)。

MATRIXの使用例

ロッキングプレートは画期的な医療機器であり、従来の骨折治療を大きく進歩させたが、決して魔法のインプラントではない。
原理原則にのっとって正しく使用されなければ合併症が発生することは、古典的なConventional Plateと同様である。しかし、十分なトレーニングを積んだ術者が実施したなら、他のどんなインプラントよりも、容易にかつ確実に骨折を治癒に導くことができることから、臨床でもより積極的に導入されるべき機器と言える。


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