学術情報

犬猫の高血圧症についてB

東京農工大学 農学部 獣医学科 講師 福島隆治
現日本獣医生命科学大学を卒業後、東京都内での動物病院勤務を経て、日本獣医生命科学大学 博士課程を修了。専門は循環器、超音波診断。

はじめに

 第1回そして2回では、それぞれ本態性高血圧が疑われた症例、腎不全に併発した二次性高血圧が疑われた症例について治療経過を紹介してきた。今回は褐色細胞腫(副腎腫瘍)により二次性高血圧を示した症例に遭遇した。そして、周術期に周到な血圧コントロールを行うことで、腫瘍の摘出手術を安全に実施することが可能であったので、治療経過を紹介する。

症例

ミニチュア・シュナウザー、雌(避妊済み)、9歳5ヶ月。

近位において健康診断の一環として行った腹部超音波検査の際に、右副腎の腫大が確認された。そのため、精査と手術適応の可否の決定を目的に東京農工大学動物医療センターに来院した。活力および食欲に問題は認められなかった。

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■既往歴

2年前より僧帽弁閉鎖不全症(MR)を発現し、アラセプリル1 mg/kg/SIDを内服。

■身体検査所見

体重11.0kgであり、軽度の肥満が認められた(BCS=4)。
聴診では、Levine 2/6の収縮期逆流性雑音が僧帽弁口部で聴取された。可視粘膜はピンク色であり、毛細血管再充填時間は1.0秒であった、また、体表リンパ節の腫大は触知されなかった。

■血液生化学検査所見

血漿ALT濃度(91 IU/L)、血漿ALP濃度(1315 IU/L)の上昇を認めた。その他の項目に著変は認められなかった(表1)。採血時において、シリンジ内に血液が勢いよく流入するのが認められた。

【表1】初診時血液検査所見
WBC (×102/μL) 68 AST (U/L) 34
RBC (×104/μL) 733 ALT (U/L) 91
Hb (g/dL) 20 ALP (U/L) 1315
HCT (%) 48.6 T-BIL (mg/dL) 0.8
MCV (fL) 66.3 T-CHO (mg/dL) 362
MCH (pg) 27.3 TP (g/dL) 7.6
MCHC (g/dL) 41.2 ALB (g/dL) 4.2
PLT (×104/μL) 56.8 Ca (mg/dL) 11
GLU (mg/dL) 102 Na (mEq/L) 148
BUN (mg/dL) 17.9 K (mEq/L) 4
CRE (mg/dL) 0.4 Cl (mEq) 106
■胸腹部X線検査所見

特筆すべき異常は認められなかった。

■心臓超音波検査所見

軽度の僧帽弁逆流が確認された。

■腹部超音波検査所見

右側副腎が腫大し(厚み16.5mm:基準範囲<7.4mm)、左側副腎の大きさは正常範囲内であった(厚み5.5mm:基準範囲<7.4mm)であった。右側副腎実質は不均一なエコーレベルの不整構造が見られ、辺縁は粗造であった。片側の腫大と構造から右側の副腎腫瘍と判断した。右側副腎は、後大静脈内へ進入しているのが認められた。また、肝臓の辺縁は鈍化するとともに大きさを増していた。また、肝臓の実質は彌慢性にエコーレベルが上昇していた。

血圧測定(オシロメトリック法、測定部位:尾、測定体位:立位)
収縮期血圧(SAP)は 203 mmHg、平均血圧(MAP)は 127 mmHgおよび拡張期血圧(DAP)は 81 mmHgであった。

<参考値 *測定部位:尾、測定体位:立位>

SAP:146±19.7 mmHg
MAP:116±17.4 mmHg
DAP:95±16.0 mmHg

■CT検査所見

硫酸アトロピン0.05mg/kgの皮下投与により唾液分泌抑制を行った。その後、プロポフォール6mg/kgの静脈内投与により麻酔導入を行った。引き続き、気管内挿管を行いイソフルレンで麻酔維持を行った。症例の自発呼吸を止め、手動により陽圧換気を行い、撮影を行った。その結果、右側副腎の腫大、後大静脈への浸潤が確認された。

■ACTH刺激試験

刺激前のコルチゾール濃度:13.5 μg/dL、刺激後(1h)のコルチゾール濃度:20.8μg/dLと高値を示した(刺激後の参考値:<15 μg/dL)。

■血中カテコールアミン三分画測定

血清アドレナリン濃度:0.28ng/mL(基準範囲:<0.17 ng/mL)、血清ノルアドレナリン濃度:1.1 ng/mL(基準範囲:0.15-0.57ng/mL)が上昇していたが、血清ドパミン濃度は基準値内であった。この結果から、カテコールアミン産生腫瘍の存在が示唆された。

■臨床診断

異常の検査結果から、「右側副腎の褐色細胞腫(クロム親和性細胞腫)およびそれに起因する高血圧の疑い」と臨床診断した。

■治療および経過

症例は高血圧を示し、それが右側副腎の褐色細胞腫が原因であることが強く疑われた。さらに症例は、腫瘍により既に軽度の後大静脈の栓塞が認められ、今後の完全閉塞が危惧された。以上のことより、右側副腎腫瘍摘出を計画した。高血圧に起因する術中の出血、不整脈、および腎不全などを考慮し、手術に先立ち降圧薬を使用した内科療法を開始した。

本症例は軽度のMRにより、既にACE阻害薬であるアラセプリル1 mg/kg/SIDを内服していた。第7病日よりアムロジピン0.3 mg/kg SIDを7日間処方したが、SAP 186 mmHg、MAP 137 mmHgおよびDAP 119 mmHgと高血圧が持続していた。そのため、第14病日にアムロジピンをブラゾシン0.1 mg/kg/BIDに変更した。その結果、第18病日にはSAP 142 mmHg、MAP 88 mmHgおよびDAP 63 mmHgと血圧が下降した。その後、血圧はSAP 140〜180 mmHgの範囲に維持することが出来た為、第53病日に右側副腎摘出術を実施した。手術中、副腎を処理した際に一時的に血圧がSAP >300 mmHgと非常に高値を示した為、フェントラミンを0.1mg/kg静脈内にボーラスに投与した。右側副腎は、後大静脈を切開しその内側に増殖した部位を含めて全て摘出された。その後、塩酸ジルチアゼム2 μg/kg/minを用いて血圧を管理し手術を終えた。術後は退院までの8日間SAP 140〜170 mmHgと血圧は安定しており、血液検査上の異常所見も認められず重大な合併症を引き起こすには至らなかった。また手術中には、腹腔内を繰り返し精査したが肉眼で確認される腫瘍の転移は認められなかった。摘出した副腎は病理検査にて褐色細胞腫(クロム親和性細胞腫)が確認された。ホルモン測定で術前に高い値を示した血漿アドレナリン濃度、血漿ノルアドレナリン濃度も第105病日(術後52日目)にはいずれも基準範囲内の値を示した(表2)。 

【表2】血中カテコールアミン三分画測定結果
  第7病日 第85病日 第105病日 基準値
アドレナリン(ng/mL) 0.28 0.29 0.16 <0.17
ノルアドレナリン(ng/mL) 1.1 0.57 0.36 0.15-0.57
ドーパミン(ng/mL) <0.02 0.03 <0.02 <0.03

現在、第135病日が経過しているが一般状態も良好であり、SAP は130〜160 mmHgの範囲で安定している(図1)。また、アラセプリル1 mg/kg/SIDおよびブラゾシン0.1 mg/kg/BIDを継続投与している。

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まとめ

本症例は副腎髄質の腫瘍(褐色細胞腫)であり、血漿アドレナリン濃度、血漿ノルアドレナリン濃度も上昇していたことから術前に認められた高血圧は腫瘍から過剰に分泌されるカテコールアミンによるもの(二次性)と考えられた。

高血圧の動物では、心筋肥大、腎不全および視力障害が認められることが多い。特に心筋肥大は反応性であるため、高血圧状態がある程度持続している症例に認められる所見であると考えられる。しかし、本症例は、高血圧に起因すると考えられる臓器障害は、認められなかった。このことから、本症例の高血圧病態は比較的近々に発現したものではないかと推察した。よって、可能な限り早期の高血圧病態の発見とそれに引き続く治療の開始が臓器保護に重要であるとも考えられた。

内科療法に関してはアムロジピン0.3 mg/kg SIDの投与開始により若干の降圧効果を得たが不十分であった。しかし、ブラゾシン0.1 mg/kg/BIDに変更したことで血圧を基準範囲内に維持することが出来た。この傾向は第1回目に紹介した本態性高血圧においても見られた傾向である。2例ともにブラゾシン0.1 mg/kg/BIDの長期投与による副作用は認められず、犬の高血圧症例に対するブラゾシンの降圧剤としての有用性が示唆された。

今回、手術に先立ち内科療法によって血圧のコントロールを行った。このことが、無事に手術を完遂する大きな要因であったと考えた。


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