犬猫の行動診療

獣医行動診療科認定医
獣医師 藤井 仁美

行動診療とは、犬猫の問題行動で悩んでいる飼い主に対し獣医師がカウンセリングを行い、その問題の改善方法を提案するものである。1980年代半ばから米国や欧米諸国で動物病院における行動診療が注目され始め、90年代後半には日本での関心も高まり、小動物臨床現場で少しずつ馴染みのあるものになったかもしれないが、どのように対応したらよいかに迷う獣医師や動物看護師もいまだに多いと思われる。ここでは犬猫の行動診療について解説したい。

【1】行動診療の目的

行動診療の目的としては以下のようなものが挙げられる。

1.飼い主の苦痛や心配を和らげ、動物との絆を再構築する
2.動物の精神的苦痛を和らげ福祉を守る
3.社会的な精神衛生を守る
4.動物の心身の健康を推進する

特にCの目的達成のために獣医療における行動診療は重要となる。現在では人間でも動物でも心身両方の健康が重要視されている。獣医師は動物の身体的健康のための知識と実践力を持っていると思うが、それに加えて精神的健康推進のために行動学の知識と実践力を身につけなければいけない。そうすることで身体的問題により起こる行動と情動が関与した問題行動の鑑別はもとより、医学的問題と問題行動が併発している症例や、ストレスが関連した身体症状などに対して、獣医師の正確な診断に基づいた治療が可能になるのである。

【2】問題行動とは?

定義:問題行動とは、飼い主にとって問題となる行動のことを指す

問題行動には大きく分けて下記の2つがある。

1.動物は単に種または個体として正常な行動を行っているにもかかわらず、飼い主がそれを容認できない場合や対処できない場合
2.動物自身が明らかに正常行動の範囲を逸脱し、異常と思われる行動を起こしている場合

飼い主にとって気にならない行動であれば問題行動と認識されないことがある。特にAの場合は、飼い主は気づいていないけれど動物に精神的なストレスがかかっていることがあるため、獣医師が予防や健診の機会などに行動に関する質問をして見つけ出す工夫をするとよい。

ポイント

その行動に医学的問題が潜在していないことを確認することは非常に重要である。

医学的問題は直接的かつ/または間接的に問題行動の発現に影響する。

直接的影響 間接的影響
痛みや不快感によって問題行動を呈する
(例:痛いところを触ったら噛みついてきたなど)
痛みや不快感によって動物の精神状態が不安定になり、行動の誘発刺激への閾値が下がる
(例:痛みによる不安からささいな音に対しても恐怖反応を示すなど)

【3】問題行動に対する初期対応

飼い主の期待と目標を明確にする

問題行動は、犬や猫はこうあるべきだと飼い主が考えていることと、動物が本来持つ習性や行動ニーズとが矛盾しており、それが大きいほど深刻と捉えられる。よって行動診療ではその矛盾を減らすために「飼い主自身の行動や信念を変えること」が重要になる。
飼い主の応諾性、熱意、真剣さが治療経過や予後に大きな影響を与えることになるからである。

ポイント

この段階ではカウンセリング技法を駆使して話を進め、飼い主との信頼関係を築くとよい。そうすることで飼い主は現実を受け止め本格的な行動診療に進むことができる。

応急処置的な指導

初期対応では特に問題行動発現の状況に焦点を当てて聴取を行い、現状を把握することから始める。そして応急処置的な行動指導を行い、後日経過を報告してもらった時点で本格的な行動診療に進むべきかを話し合うようにする。

初期対応

初期対応では下記のようなことを聴取するとよい。
いつ、どこで、誰がいる時に、何に向かってその行動が起きるのか?
その行動が起きた時の飼い主の対応法は?またその対応に対する動物の反応は?
飼い主はその行動をどうしたいと思っているのか?どれくらい深刻に悩んでいるのか?

応急処置

応急処置的行動指導としては、下記のことを行う。


叱るなどの正の罰は恐怖性攻撃行動をはじめとする
問題行動の原因や悪化につながる

行動の発現頻度軽減
 行動が起こるきっかけ刺激をあらかじめ管理、もしくは回避する。
行動を強化させない
 行動が起きてしまった場合は、強化しないような対応をする。
行動を悪化させない/間違った対応により新たな問題を惹起させない
 行動を罰によって制止しない。
(恐怖や不満により問題行動の発現や悪化の原因となる。)

ポイント

この時点で医学的問題の有無を確認するための検査を実施するとよい。

【4】本格的な行動診療の進め方

本格的な行動診療では詳細な情報をもとに鑑別診断を行い、飼い主が理解し家庭で実行できるよう丁寧に指導を行う必要があるため、長めの時間枠(通常1〜2時間)を設けて系統的かつ論理的に診療を進める。
ここから獣医師は、具体的な行動治療法の計画を立てそれを実行する飼い主をサポートし励ます役割を持つ。よってカウンセリング技法だけでなくコーチングのスキルも求められることになる。

系統的な行動診療の方法

1. 行動診療に必要な情報を得る
◎ 日本獣医動物行動研究会が提供している「診察前調査統一フォーマット」などを利用し、事前に回答してもらう。

◎ 診察時間には飼い主の質問票への回答を、具体的な状況と行動に落とし込んで聴き取りをすることで客観的な情報を得る。
◎ 診察中に動物と飼い主の様子や関係性を観察し、必要に応じて院内の別の場所や屋外での観察や行動評価のためのテストを行う。

ポイント:問題が主に自宅や散歩中に起こる場合

診察中の動物が普段の様子と違うのであれば、問題が起こる状況や様子を正確に把握するために、飼い主に日記やスケジュール表への記録/画像や動画撮影などを依頼し、後日それを見て正確な情報を評価するとよい。

2. 問題リスト作成と評価・診断を行う

◎ 収集した情報をもとに下記のような事柄を特定する。
  □行動発現を誘発するきっかけ刺激
  □行動発現時の動物の情動および動機づけ
  □行動を維持または悪化させる因子
  □動物の精神状態に影響を与えている因子(幼少期からの経験、環境、社会的関係、生活スタイル、ライフイベントによる変化など)


鑑別診断リスト

◎ 問題行動が発生する状況や、異なる問題行動が複数存在するのであれば、それぞれの状況や行動について上記を特定する。
◎ 鑑別診断リストを作成する。各問題行動別に医学的問題との鑑別および行動学的問題の鑑別を行いリストアップする。医学的問題との鑑別のため必要であれば追加の検査を行う。
◎ 鑑別診断リストの各診断名を裏付ける根拠を論理的に検証しながら、当てはまらないものを除外しつつ最も疑わしいものを選び診断とする。診断名が複数になる場合もあるし、ひとつに絞り込めない場合もよくある。

3. 治療プログラムを立てる

◎ 診断に基づいて治療プログラムを作成し、口頭および文書にて飼い主に提示する。

ポイント

プログラムを実行するのは飼い主なので、行動治療の目標と設定期間を明らかにし、治療のためにどれだけの時間と労力をかけることができるかなどを考慮する必要がある。

◎ 治療プログラムには下記のようなものが含まれるが、遂行可能な項目はどれか、それをいつスタートさせるかなどを飼い主と話し合い選択を促すとよい。

治療プログラム
行動修正法
・動物および関連する人間の安全確保と行動管理
・飼育環境の整備
・動物種、犬(猫)種、個体の行動ニーズを満たす生活スタイルの提供
・動物との生活や接し方における明確なルール作り
・予測可能で一貫性があり動物にコントロール感を与える生活と接し方
・飼い主と動物の絆の再構築
・行動発現を誘発するきっかけ刺激に対する対応
・行動発現時の情動および動機づけに対する対応
・不適切な強化子(声かけや干渉など)、罰子(体罰や叱責など)の禁止
・学習理論に基づき問題行動発現の機会を減少する
・望ましい行動を教え、その発現機会を増加させ強化する
薬物療法
その他の療法(外科的療法、サプリメント、フェロモンなど)
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4. フォローアップを行いプランを見直す

◎ 最初は1〜2週間ごとにフォローアップ行い、経過により徐々に期間を延長する。
◎ 方法としては電話、メール、FAXなどでもよいが、飼い主のやる気維持と変化を客観的に評価するためには再診に来てもらう方がよい場合が多い。
◎ 実際のレッスンが必要なものや問題行動が起こる現場で指導した方がよいものもあるため、必要に応じて往診や信頼できるドッグトレーナーとの連携などの対応も考慮する。
◎ 経過を確認しつつ提案した治療プログラムを随時見直し、よりよい方法を見つけ出していく。

【5】最後に

● 問題行動は時間をかけてじっくりと取り組まなければ改善できない場合もあり、予後は飼い主の応諾性とやる気、動物の行動治療への反応などに左右される。
● 飼い主が前向きに取り組めば、学習理論に基づいた行動変容と動機付けに基づいた問題行動の根本からの改善が期待でき、飼い主と動物が抱えているストレスを減少させ生活を変えることができる。
● 問題行動の診療は獣医師にとっても根気のいる診療ではあるが、飼い主と動物が変化し良好で健全な関係を再構築していく過程を見られることは大きな喜びでもある。
● 人と動物の身体的かつ精神的健康と健全な社会のために今後も行動診療は発展していくであろうし、小動物臨床におけるその役割もますます重要になっていくであろう。


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