動物看護師の職業的見地
〜動物看護師と獣医師に向けて〜

一般社団法人日本動物看護職協会 副会長
講師 齋藤 みちる
日本では約50年前に初めての動物看護師養成、教育のための専門学校が設立されました。それから徐々に専門学校の数は増加し、現在(平成28年1月)では全国で70校以上となり、さらに6つの動物看護系大学で教育も成されるようになりました。その動物看護系大学の大学院では修士や博士を取得する者もおり、さらなる動物看護研究や教育の充実や醸成などのために今後の活躍が大いに期待できるようになったのは非常に喜ばしいことです。

【1】獣医療の歴史と現状

日本の獣医療の歴史は、日本最古の歴史書である「古事記」(712年)の中に記された「因幡の白うさぎ」で大国主命が白うさぎを治療したことが始まりと言われているそうです。その後の近代獣医学を見てみると、オランダからヒト医療同様に馬の治療に関する獣医学が入ってきました。
幕末を経て明治時代には、産業の発展と共に、軍馬のためにも獣医療は必要になりました。その後、獣医師が産業動物の診療を行うことで日本国民の食の安全を守っています。さらに、日本社会の近代化、欧米化、文化の移りかわりにより、小動物の診療を行う施設ができ始め、そして、現在も一部の動物病院では小動物と大動物、双方の診療を行っています。
日本社会の変遷に伴い、イヌやネコなどの小動物に仕事を持たせる使役動物という観点から、小動物を家族の一員とし、伴侶動物として考える文化へと変化してきました。
イヌやネコが家族の一員となると共に、ペットオーナーはさらに高いヒト医療と同等レベルの獣医療の高度化、施設や検査機器の充実等を、愛する家族(動物)のために求めるようになりました。それと共に獣医師の先生方の大きな努力により研究が重ねられ、日本の獣医療は大きく進歩・発展してきました。 そしてペットオーナーは動物病院を口コミや評判などを選択の手段の1つとし、セカンドオピニオンなども求めるようになってきまし た。その結果、動物病院は病気の動物を診療、入院、治療するだけの役割ではなく、動物の健康時の維持管理、予防医療、食事管理、 しつけ指導、グルーミング(衛生管理を含める)指導までが付加価値として求められ、複合する役割を担うこととなったのです。 そして、動物病院で勤務する動物看護師にも専門性(知識やスキルなど)が求められるようになってきたのは当然の流れであると思われます。

【2】動物看護師の必要性と使命

平成23年度にペットオーナーを対象に取ったアンケート結果でも『動物看護師は必要であると思うか?』という設問に対して、92%の方が『必要である』と回答しています。『動物看護師の資格は何がふさわしいか?』との設問に対 しての回答は、『国家資格などの公的な資格が良い』という方が67%であり、『民間資格で良い』という26%の方の2倍以上という結果となりました。そして、『動物看護師への資格は特に必要ない』という回答はたった2%でした。 この結果には、ペットオーナーは動物看護教育を受けていない動物看護師に自分の大切な家族であるペットを任せられない、動物看護師の動物看護の知識やスキル、質の水準を明確に証明して欲しい、と考えていることが顕著に 現れているのではないでしょうか。

しかし、現在、動物看護師を整備する法律はありません。動物看護師資格は、一般財団法人 動物看護師統一認定機構(平成23年設立、平成28年より財団法人化)による全国統一試験により、一定の能力を証明され認められた認定動物看護師というカテゴリーができましたが、未だ公的資格、国家資格とは成っていません。

ポイント

にて指定されているコアカリキュラムを習得した者のみしか受験ができない資格となりました。 少しずつですが、動物看護師の質の担保が成されるようになっています。 『動物看護師がどのような職業で何をするヒトなのか?』『どのような社会的役割を果たせる

『動物看護師がどのような職業で何をするヒトなのか?』『どのような社会的役割を果たせるのか?』これらは動物看護師資格の法制定に向けて、動物看護師自身で学び、証明し、掴み取って自立していくことにより、社会の承認を得ていくべきではないでしょうか。

また、ヒト医療のように(表3)、獣医師と動物看護師のチーム医療の重要性が認識されてくる時代となると同時に、動物の命の権利や福祉を考え、獣医療の発展に貢献するためにも、動物看護師は専門職であるべきだと考えます。しかし、自然にそれが得られると思ってはなりません。動物看護師、自らが動物看護を勉強し、努力を積み重ね、さらに地域などで、動物のための啓発活動やボランティア活動、災害時の協力活動等、常に動物の命を考え、動物福祉に貢献することによって、ペットオーナーや日本社会全体からの信頼を得ることが重要です。


表3:人医療のコミュニケーション形態の変化
図左:ピラミッド型医療構造
頂点に医師が位置し、一番底辺が患者でその間に看護師や医師以外の他の医療従事者がいる。医師が一方的に支持を出し治療を行います。

図右:チーム医療
医師、看護師、薬剤師、管理栄養士、理学療法士、臨床心理士、医療ソーシャルワーカー等と患者が同等の立場で治療を考えます。

ヒト医療では、近年の患者を取り巻く診療体系として、患者とのコミュニケーションの形態はインフォームドコンセントに留まらず、患者本人も治療計画立案に参加できるようになり、医師と看護師はそれぞれが学生のうちから交流を行い、お互いの職業倫理、学習内容、役割分担、立ち位置、視点を共有し、双方の学問分野を取り入れてチーム医療の充実のため、より良い医療を提供できるように教育を受けているそうです。

【3】専門職としての動物看護師

ヒト医療では、医学の目的は基本的に病気そのものを診断し治療することであり、看護の目的は実在、または潜在する健康問題に対して看護診断をして介入をすることです。そのため、医学と看護の目的は異なります。しかし、獣医療では動物看護の明確な規定はなく、今後、動物看護師は、獣医師の補助職を目指すのか、ヒト医療のようにパートナーとしての動物看護師という1つの専門職を確立するかをそれぞれが考えなければなりません。

前章のアンケートなどを踏まえると私感ではありますが、動物看護師は専門職であるべきだと考えています。専門職とは専門性を必要とする職業のことであり、現代の日本においては国家資格を必要とする職業をさす事が多いです。そして専門職の条件は、(1)〜(5)(※表4)の5つとなります。
専門職の条件
(1)専門的な知識や技術の一貫した体系を有する
(2)自律性を有する
(3)専門性に独占的権限を伴う
(4)独自の倫理綱領をもつ
(5)専門職能組織がある

表4 専門職の条件

現在の動物看護界では平成21年に設立した、一般社団法人 日本動物看護職協会が(5)の専門職能団体にあたり、(4)にある倫理綱領 としては15項目からなる「動物看護者の倫理綱領」(平成21年12月制定)を発表しました。

動物看護師の倫理綱領前文には、『動物看護者は、動物の看護を業務として動物医療の最前線で活動する専門職である』と謳われています。
また、『動物の看護は、多様な環境に生存する多様な動物を対象として、動物の健康保持と増進、病気の予防と動物医療の補助に勤め、動物たちが健やかな一生を全うするように援助することを目的としている』とされています。
動物看護師としての役割を果たすためにも、動物看護の知識、技術を常に学び高め、倫理観を研ぎすませるように、先ずは、社会常識を持ち、人生観を育みながらバランスの取れた人間として成長できるようになりたいと、一動物看護師として強く思います。

動物看護師は獣医師と同様に動物の命と向き合って仕事をしています。常に自分で自分を高めたいという意識を持って行動に移すことが重要ではないでしょうか。そして、動物看護対象(動物)の代弁者として、その動物に不利益が生じないように、獣医師に協力しその最大の理解者となると共に、診療や、診断以外のことでは、動物看護倫理上の視点から、自分の意見を言うことも必要となります。

一般社団法人 日本動物看護職協会について
動物看護職は1つの専門職として確立することが、動物のため、獣医療のためであると考えています。そのため、動物看護師の公的資格化、継続学習の薦め、就労環境整備、社会的認知、社会への貢献等を目標にして活動しています。 そのためにも、すべての動物看護師に職能団体である日本動物看護職協会へ入会して頂き、この動物看護師という職業を確立して、社会的信用を得られるようにしていかなければならないと思います。職能団体は圧力団体であるべきです。職業に力をつけるためにも会員数が必要不可欠です。自分の職業の未来は誰が作ってくれるものでもなく自分で作るべきです。努力を重ねて、一歩一歩着実に確実に自分の手で掴んでいくことが必要だと考えています。

【4】動物看護師の職域

現在は動物看護師に関する法制定がないため、その職域は明確ではありません。しかし、獣医師法第17条には、飼育動物への医療行為はすべて獣医師のみの業務となると明確に記述されています。つまり、動物看護師はそれを認識し、法に触れないように業務を行うべきです。

獣医師法第17条
獣医師でなければ、飼育動物(牛、馬、めん羊、山羊、豚、犬、猫、鶏、うずらその他獣医師が診療を行う必要があるものとして政令で定めるものに限る。)の診療を業務としてはならない。

動物看護師には法の整備がないため、先ずはそれを実現することが、専門職として自律をするためにも必要であると考えます。 そのためには、社会的支持を受けることが重要になってきます。
その一例として、ヒト医療では静脈注射は本来、医師の業務でしたが、平成14年に法改正ではなく行政側の解釈変更によって『医師と協議の上、急激な変化を起し難い静脈注射については看護師が行うことを許容する』ことになったそうです。これは医療を提供する側のみならず、社会からもその業務が看護師に必要とされるようになって来たためではないでしょうか。動物看護師の知識と技術の高位平準化が証明され、日本社会に認められることにより、法整備や職域の広がりに繋がっていくのです。また、公的資格化になった時の職域の拡がりに備えて、常に勉強しスキルを高めなければなりません。

【5】動物看護師の質の向上

動物看護師がその質を向上させるためにはどのようなことが必要でしょうか。
(1)動物看護師すべてが認定動物看護師を取得すること
(2)動物看護師が生涯学習を続けること
(3)動物看護教育の充実を計ること
(4)動物看護師各自が専門職としての意識を向上させることなどが考えられます

(2)に関しては、現在、動物看護師が学べる幅広いプログラムのセミナーも数多く開催され、動物看護系の専門学校や大学などでも現職の動物看護師が学べるような体制を整えているところもあります。セミナー開催があまりなく、動物看護系の専門学校等が無い地域でも、近年では動物看護関連を学べるウェブセミナーなどがあるので活用ができますし、動物病院ぐるみで勉強会をするの も良いのではないでしょうか。
動物病院は大変忙しく、スタッフも不足しているところが多いのが現状です。セミナーや学会は獣医師の先生でもなかなか行くことが難しい場合も多いと思いますが、動物看護師の質の向上は、動物看護師の力のみならず、セミナーなどに出席させて頂けるような就労環境も必要となります。
病院のために私たちができること!
動物看護師が勤務病院、ペット、ペットオーナーのためにできることはどのようなことでしょうか?

(1)勤務のモチベーションアップ
まず、自分が多くの職種の中から、なぜこの仕事を選んだかの理由を常に心に留めましょう。その理由は、動物がオーナーと良好な関係を築き健康で幸せな生涯を全うして欲しいと心から願っているためではないでしょうか。更に、学会などへ参加し学ぶと共に、他の動物看護師が学ぶ姿を見ることもモチベーションアップに有益です。そして、何よりも自分自身の心身の健康を大切にすることが、バランスの取れた動物看護観を持つことに繋がります。

(2)コミュニケーションスキルの向上
院内のチーム獣医療充実のためにも、コミュニケーション能力は必要不可欠です。動物病院の勤務においてはとても重要なスキルの1つなので、セミナーなどに参加し、是非身に付けることをお薦めします。さらに、対面でのコミュニケーションでは「見た目」にも気を配ることが大切です。身だしなみや表情、姿勢、しぐさなどの見た目の要素は相手に与える印象を大きく左右します。これらも念頭において勤務をすることが病院の評判にも繋がります。

(3)経営サポート
ベーシックな動物看護スキルのみならず、各動物看護師が興味ある専門分野を深く学び、認定資格(栄養指導、パピーライフ指導などはJVNAで認定)を取得し、その質を保証することも病院の経営上の手助けとなるかもしれません。取得した認定証を病院の待合室に揚げることでも、ペットオーナーは喜んでその分野について動物看護師に相談をしたいと考え、そこから話が発展し先生の診療に繋がれば、病院の収益アップに貢献できる可能性もあります。

(4)獣医師の先生とのチーム獣医療
先生とは常に目標を共有しています。病院では獣医師をリーダーとして先生の立場を尊重した対応をしましょう。特にペットオーナーは病院の雰囲気に敏感です。ペットやペットオーナーが安心して受診や治療に専念できる環境には、獣医療チームの雰囲気も含まれます。診療を受ける時に居心地の悪い思いをさせず、いつでもこの病院へ来院をしたい!と思えるような雰囲気作りも、私たち動物看護師の能力が発揮できるチーム獣医療の要素となります。

【6】これからの動物看護師の動向

獣医療の高度化に伴い、イヌやネコなどのペットの長寿も進み、高齢の動物たちの診療も多くなってきました。そのため、加齢や認知症等によって家庭での介護が必要な動物たちが増えています。
大型犬などは動物病院へ通院するのも難しい上、日常の管理だけでもペットオーナーだけでは肉体的にも精神的にも大変な時があります。特に長時間の外出などができずに困っている方々も見られます。

動物看護師ができること
ペットオーナーの介助を援助し、精神的な支えとなって動物看護を活かすことができる。

◆動物病院で加齢や認知症などで介護が必要な状態の動物を預かる時
食事介助、体位変換、排泄介助、衛生管理、環境整備、ペインスコアを取ることで、大きな変化があった場合は先生に直ぐに報告ができ、先生の対処もスムーズにできる。

そして、近年はペットオーナーの高齢化が進んでいることもあり、動物を介護する時の肉体労働などがペットオーナーの大きな負担となる場合もあります。

最近はたくさんの使い勝手の良い、動物の介護器具などが作成され販売されており、それらをうまく使用して動物看護を生かすことができる。
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最後に

『動物看護師は夢がある職業で魅力的。一生続けたい!私たち動物看護師自身がこの職業が大好き!』と心から思える職業にしたいと思います。それが日本社会に広く認知されれば、たくさんの子供たちが『動物看護師になりたい!!』と思ってくれる日が来るでしょう。
近い将来、日本国民の皆さまや獣医師の先生方からさらなる絶対的信頼を得られる公的資格、国家資格の専門職となるよう『動物看護師に任せれば大丈夫!』と心から認めて頂けるように、私たち動物看護師はこれからも絶え間ない努力を続けていきたいと考えています。これからも獣医師の先生方のご指導、ご理解をどうぞよろしくお願い致します。

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