学術情報

獣医療における血圧測定の現状とテクニック

東京農工大学 農学部 獣医学科 講師 福島隆治
現日本獣医生命科学大学を卒業後、東京都内での動物病院勤務を経て、日本獣医生命科学大学 博士課程を修了。専門は循環器、超音波診断。

犬と猫の血圧値

犬猫の正常血圧を正確に規定することは難しい。その理由として、蓄積データがヒトと比較して少ない、測定法により値に変動が認められることなどが挙げられる。また、犬種あるいは年齢などによる血圧測定値の差異が報告されている。しかし、極端に大きな差異は認められないようである。よって、これからの獣医療では積極的に血圧測定を行い、そのデータを共有することが最も重要である。

犬や猫では、一般的にはSBP:180〜200mmHg以上、DBP:120mmHg以上が高血圧とされ、SBP:80mmHg未満、MBP:60mmHg未満が低血圧と考えられている。

しかし、ヒトではグレーゾーンあるいは高血圧予備群が設けられており、運動や食事療法など様々な指導がなされている。今後は犬猫においてもこれらの認識が重要となってくるだろう。

[ 高血圧 ]

高血圧は、血圧が極端に高い場合を除けば、それのみで生命を脅かす危険性はあまり高くない。しかし、高血圧が持続すると、臓器の灌流障害や血管病変などを中心に種々の合併症を引き起こし、最終的には寿命が短縮されることになる。

高血圧は本態性と二次性のものとに分類される。本態性高血圧とは、明らかな原因が認められないものであり、二次性高血圧とは原因(高血圧を来す疾患)の明らかなものである。ヒトの高血圧患者の90%以上が本態性高血圧であるが、犬猫の高血圧患者においては、その殆どが二次性高血圧と言われている。

しかし、これまでの動物病院では血圧測定が頻繁に行われていなかったこと、発見が遅く複合的な高血圧病態を呈している可能性があることなどの理由により一概には言えない。今後の研究や調査により、高血圧との関連性が明らかとなる疾患が増えるものと予想される。

<高血圧の兆候>

急性の失明(瞳孔反射の欠如した散瞳、網膜剥離および、前房出血などが認められる)、多飲多尿、体重減少、食欲の変化、心悸亢進などが挙げられる。健康診断の一環として血圧測定を実施するのが望ましいが、これらの全身性疾患に共通する所見が得られた患者に対する血圧測定の実施は重要である。その他として、痙攣、運動失調、眼振、胸水貯留なども認められることがある。

[ 低血圧 ]

低血圧も本態性と二次性に分類される。本態性低血圧は、低血圧の原因となる基礎疾患がないものである。おそらく血圧調節に関わる神経、そして神経体液性因子が関与していると考えられる。一般に血圧が低いのみで、低血圧に基づく臨床症状や臓器循環障害がみられない例は、体質性低血圧であり病的意義はない。犬猫において本態性低血圧に関する報告は、著者の知る限り見あたらない。

二次性低血圧は種々の疾患の一症候として、低血圧がみられるものをいう。出血や脱水など、その原因を取り除くことで改善が可能である一過性の低血圧から、慢性の経過をとり治療に難渋をきわめるものもある。これらの予後は基礎疾患の重症度による。

<低血圧の兆候>

犬猫において軽度の低血圧の場合には、飼い主がその臨床症状に気づかない可能性がある。また、体重の変動、寒がる、浮腫、筋力低下、皮膚の色素沈着、皮膚乾燥、多飲多尿などが認められる場合には、内分泌・代謝性疾患による二次性低血圧を疑う手がかりとなる。そして、不整脈、心雑音、過剰心音、浮腫など認められる場合には、循環器疾患による二次性低血圧を疑う手がかりとなる。さらに、薬物による医原性の低血圧が多いことから、病歴聴取による投薬歴の確認は必須である。

犬猫における代表的な血圧値

正常犬における代表的な血圧値

測定原理 収縮期血圧 拡張期血圧 平均血圧 犬の頭数 文献
(mmHg) (mmHg) (mmHg)
オシロメトリック法 133 75.5 98.6 1,782 a
オシロメトリック法 118±18.7 67.4±14.4 93.8±15.8 102 b
オシロメトリック法 144±27 91±20 110±21 73 c
オシロメトリック法 124±9.5 103±9.1 87±9.4 d
超音波ドプラ法 147±27.7 102 e

正常猫における代表的な血圧値

測定原理 収縮期血圧 拡張期血圧 平均血圧 猫の頭数 文献
(mmHg) (mmHg) (mmHg)
オシロメトリック法 139.4±26.9 77.1±25.1 99.1±27.3 104 f
オシロメトリック法 115.4±10.1 73.7±10.8 93.8±15.8 60 g
オシロメトリック法 124±9.5 103±9.1 87±9.4 20 h
超音波ドプラ法 132±19 50 i

[a]: Bodey, AR., 1996, J Small Anim Pract 37(3): 116-125、[b]: Mishina, M., 1997, J Vet Med Sci 59(11): 989-993、[c]: Coulter, D. B., 1984, JAVMA 184 (11): 1375-1378、[d]: Fukushima,R、[e]: Remillard, RL., 1991, AJVR 52(4): 561-565、[f]: Bodey, AR., 1998, J Small Anim Pract39(12): 567-573、[g]: Mishina, M., 1998, J Vet Med Sci 60(7): 805-808、[h]: Fukushima, R未発表データ、[i]: Sparkes, AH., 1999 J Vet Intern Med 13(4): 314-318

犬の品種別による血圧値と心拍数

測定原理 収縮期血圧 拡張期血圧 平均血圧 心拍数
(mmHg) (mmHg) (mmHg) (bpm)
サイトハウンド種 146.7 83.8 112.6 102.4
テリア種 136.6 76.2 99.8 122.5
スパニエル種 131.8 74.4 97.7 124
レトリバー種 122.7 69.2 91.2 109.5

Bodey, AR., 1996, J Small Anim Pract 37(3): 116-125

犬猫における二次性高血圧と関連がある全身性疾患

腎疾患 副腎疾患 甲状腺疾患 その他
  • 腎盂腎炎
  • 慢性間質性腎炎
  • 多発性嚢胞腎
  • 糸球体腎炎
  • アミロイド症
  • 糸球体硬化症
  • *:慢性腎不全
  • 副腎皮質機能亢進症
  • 褐色細胞腫
  • 高アルドステロン症
  • 甲状腺機能亢進症
  • 甲状腺機能低下症
  • 僧帽弁閉鎖不全症
  • 貧血
  • 高脂血症
  • 糖尿病
  • 赤血球増加症
  • 末端巨大症
  • 高エストロゲン症

全身性高血圧による標的器官への影響

視覚系 急性失明は高血圧の犬猫が来院する理由として最も多い。しかし、蛇行した網膜血管、網膜出血、網膜浮腫などの高血圧性網膜症と考えられる所見は、網膜剥離や失明に先行して見つかる可能性がある。
心血管系 全身性高血圧を呈する犬猫では、求心性左室肥大が認められることがしばしばある。また、ある程度の右室肥大も同時に認められることがある。猫においては胸水の貯留が認められることがある。
腎臓系 腎疾患と高血圧症は同時に認められることがあるため、どちらが原因で結果なのかを判断することは困難であることが多い。腎疾患は全身性高血圧とよく関連しているが、高血圧も腎疾患を進行させる一要因である。
脳血管系 高血圧のヒト患者では、脳出血や脳梗塞などの脳血管障害が比較的多く報告されている。ヒトの報告例よりも少ないが、高血圧症の猫においても見当識障害、不全対麻痺、痙攣などの神経症状が認められることがある。

脈圧の異常

測定された血圧値から求められる犬猫の脈圧は、一般的に30〜40mmHgの範囲である。脈圧の拡大は、バウンディングパルスと形容され、一般的に大腿動脈(麻酔下であれば舌動脈も選択される)の触知により確認することができる。

ヒトにおいて、高齢になるとSBPだけが高く、DBPはむしろ低めになる。これは動脈硬化に関連している。

動脈硬化は風船のゴムが硬くなった状態に例えられる。硬いゴムの風船を膨らませても(収縮期)、風船が硬いためあまり膨張せず風船内の圧力は上昇する(収縮期高血圧)。膨張させるのを止めると(拡張期)ふくらみが悪い風船からはすぐに空気が抜けて風船の圧力が低下する(拡張期正常または低血圧)。これがSBPのみが上昇する「収縮期高血圧」の主な原因である。したがって脈圧(SBP−DBP)が大きくなるのは動脈硬化の程度を反映しているとされ、脈圧が大きいのも危険とされるのはこのためである。

犬猫においても老齢化により血圧値の上昇が観察される。だが、犬猫の血圧値と動脈硬化に関する研究は少なく、臨床現場に還元されていない。これから血圧測定の機会が増えることで、脈圧の評価が重要となってくるかもしれない。


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