学術情報

創傷治療の基本 〜モイストウンドヒーリング〜

  • 動物病院 エル・ファーロ 院長山本剛和

新たな「常識」:モイストウンドヒーリングの実践

傷を消毒してはいけない

細菌の増殖を防いで感染を抑えるためには、「傷を消毒する」というのが過去の創傷管理における常識であった。では、傷を消毒すると、本当に感染を防ぐことが出来るのだろうか?これを考えるためには、まず「感染」とはどのような状態を指すのかを理解する必要がある。

皮膚には、もともと常在菌が存在している。傷ができるとこれらの細菌は速やかに創面に移動するが、正常な組織が、細菌の繁殖のみによって「感染状態」となるには、組織1g中に細菌数105個から106個が必要である。これは通常ではまず殆どあり得ないことである。

ところが、実際にはこれより少ない細菌数でも「感染」を引き起こすことがある。その原因は「異物」の存在である。「感染源」としての異物の代表的な例としては、痂皮、壊死組織、血餅、縫合糸(特に絹糸)、ガーゼなどの糸屑、土や植物片、口腔内の汚染物(咬傷)などである。創内にこれらの異物が存在する場合、組織1g 中の細菌数が200〜300個で、感染が生じると言われている。

従って、感染を防ぐ為に重要なのは、「消毒して細菌を殺すこと」ではなく、「異物を除去すること」であるのが理解できるであろう。つまり異物を除去して「感染源」を欠いた創はその時点で「感染創」ではなくなる、ということである。

ではその傷が、感染創かどうかを臨床的に判断するにはどうしたらよいのだろうか?これは、炎症の4 徴候:腫脹、発赤、疼痛、熱感の有無で判断する。「感染」は、組織内で細菌が増殖し「炎症」を生じた状態である。これに対し、「創面に細菌が存在していても感染を生じていない」状態を“colonization”と呼び、創感染“infection”とは明確に区別されるべきである。

では何故、消毒してはいけないのか?理由は2つある。
1つは「異物」などの感染源の除去なしに傷を消毒することの無意味である。大抵の消毒剤の創面における効果持続時間は数分から30分程度である。また多くの消毒剤は、壊死組織などの「有機物」と接触することにより失活する。消毒効果が短時間で失活した後は、創面の細菌叢は消毒前の状態に戻っている。従って1日1回〜2回程度の消毒で創面を24時間無菌状態に保つことができると考えるのは、単なる思い込みに過ぎない。

もう1つは、消毒剤の持つ組織傷害性である。多くの消毒薬は、殺菌力に勝る細胞傷害性を持っている。細菌を殺滅するよりもずっと低濃度で、線維芽細胞や白血球、マクロファージなどの「組織修復」に必要な細胞を、より効率よく殺滅する能力を持っている。傷を消毒することは「無意味」であるだけでなく、「有害」でもある。


傷を乾かしてはいけない

モイストウンドヒーリング、つまり湿潤環境下での創傷治癒理論は、創傷管理における最も基本的な大原則である。創傷治癒過程において、上皮細胞は創周囲および毛根周囲の上皮細胞から「滑るように」移動することによって創面を覆う。この上皮細胞の移動は、湿潤環境下では速やかに行われる。

しかし乾燥環境下では、乾燥により壊死した肉芽組織や、固まった滲出液により痂皮が形成されることになる。すると、上皮細胞は痂皮の下を潜るようにしてゆっくりとしか移動することが出来ない。しかも、上皮細胞自体が、常に乾燥による「死滅」の危険に曝されている。従って、乾燥環境下では、創傷の修復は遅々として進まない、ということが解る。さらに好中球やマクロファージ、リンパ球などの白血球も死滅してしまうので、感染防御機能が低下する。乾燥して死滅した細胞は壊死組織や痂皮=異物となって、細菌の増殖する温床となる。

滲出液の働き

創傷ができると必ずそこからは「滲出液」が分泌される。滲出液には各種のサイトカインや細胞成長因子が多く含まれており、創傷の修復に重要な役割を果たしている。これらの成長因子はお互いに作用し合いながら、血小板や白血球、マクロファージ、線維芽細胞、上皮細胞などの細胞が、創傷の修復段階に合わせて適切な場面で登場し、増殖するように調節する働きを担っている。従って、適切な創傷管理の為には、創面に滲出液を保持することが不可欠である。

現在確認されている細胞成長因子の多くは、低濃度で細胞走化性を発揮し、高濃度で増殖を促進することが判っている。つまり創傷治癒の初期には、低濃度で上皮細胞や線維芽細胞を呼び集め、その後、濃度が高くなるとこれらの細胞を増殖させて細胞外マトリクスを産生させる、という非常に合理的な機能を持っている。

適切なドレッシング材を使用することで、創傷面にこれらの因子を多く含んだ滲出液を保持することが可能となり、このことは合理的な創傷治療を実施する為の理想的な環境を作ることを意味する。



価格改定のご案内 更新

カテゴリーから探す


便利サービス

開催中のキャンペーン



pagetop