学術情報

アトピーと脂漏症をコントロールする

下館動物病院 中島尚志
自身の診療経験から、皮膚科専門医療と日常臨床とでは疾患の種類と 重傷度に決定的な差異が生じていることに気づき、日常の皮膚科症例をより効果的かつ合理的にコントロールすることを目的に‘臨床皮膚科’ の概念を提唱する。
世界小動物獣医師会学会にて‘犬体表付着物の研究’を発表。独自の 基礎データベースによる理論的ケアと医学に準じたスキンケア理論でほとんどの皮膚疾患が軽快することを経験。以来、専門医療とは一線を画した臨床でより有効な皮膚疾患の治療をいくつかの病院で実践中。

犬のアトピー治療:スキンケアへのステップ

概略

写真 長期連用された殺菌性シャンプー によって皮膚コンディションが著しく低下 したアトピー犬

まず、アトピーには外用のみで皮疹を回復できる手法は存在 しないことを十分に理解しておく必要があります。スキンケアに できることは、洗浄による悪化因子の除去と保湿剤投与による 細胞の恒常性の回復であり、皮膚炎の消失には効果を持ちませ ん。殺菌性シャンプーは一時的に症状が軽快することが多いの ですが、使い続けることによってその毒性から皮膚細胞にダメー ジが蓄積されていき、結果的に皮膚病を悪化させます。

同様に、副作用をまったく出さずに長期連用できる効果的な 薬物療法も存在しません。したがって、現実的な治療は薬物療 法によって皮疹あるいは臨床症状を回復させ、スキンケアによっ てコントロールしていく手法といえます。

 

皮膚病の発生→@アトピーの診断→A薬物療法 →肉眼的病変の消失→スキンケア→維持


上記が推奨される犬アトピーの治療です。最終的にはスキン ケアのみで維持することを目的としますが、そのためには皮疹を 薬物療法で軽快させる必要があり、薬物療法を行うためには精 度の高い診断が必要になります。

診断から治療へ

 皮膚病は必ずしも確定診断がつくとは限りませんが、理論的 かつ系統的な鑑別診断を行うことによって日常臨床では不自由 しない程度の鑑別診断は十分可能になります。“鑑別”とは同じ 症状のいくつかの病期から可能性の低いものを消去法によって 除外し、最終的に確定診断とするという手法です。  アトピー性皮膚炎を確定診断する検査法がなく、症状やいく つかの検査から総合的に判断します。なので、それらのデータ の意味を理解しておくことが重要です。

症状:痒み  
アトピーは症状として“痒み”が出ます。 アトピーは進行性の 病気で、初期には軽度の痒みが出て、だんだん痒みが強くなり ます。痒みを伴わない皮膚炎は、基本的にアトピーではないと考 えます。痒みを主な症状とする皮膚病には他に感染症と角化症 があって、これらと区別することと、同時に発病している可能性 をよく考えます。

症状:ヒストリー  
アトピーの8割は3歳までに発症し、9割が4歳までに発病します。 老齢犬での発病は他の病気との鑑別が大切です。アト ピーは初期には、増悪期→緩解期→無症状期→増悪期を繰り 返す病気で、進行すると一年中症状が出るようになります。

症状:皮疹  
アトピーは左右対称性で生体のお腹側にだけ赤みを伴う皮 疹を発症します。 背中側に皮疹が見られたなら他の皮膚病を疑 います。また、お腹側中心で背中側にも病変を伴うときには、ア トピーではないのではないか?と疑うとともにアトピーに他の皮 膚病が併発している可能性も考えます。この場合、多くはシャン プーによる接触性皮膚炎かノミアレルギー性皮膚炎です。

写真 正常角化細胞とマラセチア

写真 テープストリップ 

検査:テープストリップ  
アトピー性皮膚炎の重症度の判別に必須の検査です。 アト ピーでは神経学的な痒み閾値の変化が伴うために、皮膚のダ メージと痒がり方は必ずしも一致しません。スライドグラスに両 面テープを貼り付け、あるいは専用の器具で病変部皮膚に押し 当てて体表物質を採取し、HEあるいはディフ・クイックで染色 して顕微鏡で観察します。体表に大量に油脂がある場合には油 脂しか採取されない場合が多く、3回程度同じ場所で検体を採 取し、まとまった量の角質細胞が検体に存在した部位を観察し ます。付着した油脂の量、マラセチア、角質細胞を評価します。 角質細胞は健康な皮膚ではすべて角化が終了した無核の細胞 が採取されますが、ターンオーバーの亢進した病変部の皮膚で は錯角化、すなわち核のある細胞が観察されるので、その有核細胞の比率をカウントします。

有核細胞比率は、ときにアトピーの重症度を推定する最もよ い指標になります。見た目に異常のない部位でも有核細胞が検 出されれば、炎症を証明できることがあります。また、有核細胞 比率の変化を観察することで治療効果を確認することができ、 ときに症状からは効果がないと思えた治療法が実は効果を上げ ていることや、逆に有効と判断した治療が実は無効であること の判断ができます。

写真 無核の正常細胞 

写真 有核細胞

有核細胞が意味するのは生細胞が露出しているということ で、その状況によってスキンケアの手法を変える必要がありま す。露出した生細胞にシャンプーなどの刺激性化学物質を接触 させることはシャンプーの皮内注射と同等のダメージを皮膚に与 えるからです。角化細胞だけが採取された時には最小限のバリ アがあると考え、刺激性の高くないシャンプーならほとんどが使 用できます。有核細胞が5%程度までならば低毒性かつ低刺激性のシャンプーを使い、それ以上であれば界面活性剤の毒性を 考えて、ぬるいお湯だけで洗います。

検査:ふけ  
 いわゆる“ふけ”は、はがれた角質細胞の塊です。健康な皮膚 からも角質細胞は毎日大量に脱落していますが、細胞レベルま で分解されて脱落するので肉眼で確認することはできません。 “ふけ”はなんらかの理由で細胞の分断化がなされずにシート 状に剥離した角質細胞の集合体です。ときに乾燥した体液がふ けのように見えることがありますが、これは区別されなければな りません。

写真 ふけ 

写真 ふけ

ふけの原因は2つあります。ひとつは乾燥によるふけで、ドラ イスキンによって細胞の接着を切断する酵素が働けずにシート 状の角質細胞が脱落するケースで、皮膚は触診で乾燥傾向にあ り、ふけを染色後、顕微鏡で観察するとすべて角化細胞ででき ています。もうひとつは炎症によって発生するふけで、ターンオー バーが短縮されたことによって十分に角化が終了していない細 胞がシート状に脱落したもので、有核細胞でできています。皮膚 は触診でウェットあるいはオイリーのことが多いようです。乾燥に よるふけには脱脂力の強い洗浄剤は禁忌であり、炎症によるふ けには刺激性のある洗浄剤は禁忌となります。

アトピーの病期と治療

 臨床例ではアトピーは初期か進行期かにまず分類します。さ らに現在、増悪期か、緩解期か、無症状期かを考えます。

〈初期アトピー〉  
初期のアトピーはわずかな痒みとちょっとだけ赤くなることが 特徴です。ただし、飼主には、一生治らないこと、コントロールし ていかなければ進行していくことを伝えなければなりません。



*薬物療法  
通常、細菌感染の要素は少ないようです。消炎量以下のプレ ドニゾロン(0.2mg/kg 以下BID)が適応です。通常、3?5日 程度の投与で改善します。感染が疑われたならセフェム系抗生 物質を併用します。

*スキンケア  
仔犬では皮脂分泌が少ないのでドライスキンの傾向がありま す。普通は成犬ほど強力な洗浄は必要ではなく、低刺激性、低毒 性の洗浄剤で週2回程度〜2週間に1回程度洗浄し、保湿しま す。皮膚コンディションをいい状態に維持することで、次回の増 悪期を回避することが可能です。アトピー個体は、このスキンケ アによってのみ、アトピーの進行を防ぐことが可能で、もっとも重 要な治療です。  スキンケアをする前に、皮膚病の重症度を確認するために テープストリップ検査をします。  保湿は重要で、シャンプー後には必ずしなければなりません。 でも、犬用保湿剤には低質な製品も多く、全成分記載でないも のや、少なくとも指定成分が入っているものは使わないほうがよ いでしょう。

〈進行期アトピー〉  

慢性(進行期)アトピーでは、それぞれの犬によってさまざま な症状を出すため、その病態を確実に把握し、オーダーメイド の治療法をプラニングしなければなりません。つまり、単純にア トピー性皮膚炎とは考えずに、食物有害反応、マラセチア、細 菌感染、脂漏症、ノミアレルギー性皮膚炎などの悪化原因との 関係を明らかにして、それぞれの原因に対して治療を考えてい きます。



*薬物療法
アトピーは本来、わずかな痒みと軽度の発赤が主な症状で す。にもかかわらず慢性アトピー症例の多くは強い痒みと重度 の皮膚炎になっています。これらの症例の大部分には、悪化原 因としてさまざまな微生物が関係しています。具体的にはほぼ 全ての症例で、常在細菌やマラセチアが関与し、特にマラセチ アが関係するととても重症化します。これは、単純なマラセチ ア性皮膚炎ではありません。詳しい原因は明らかではありませ んが、マラセチアIgEの上昇は、非アトピー犬ではみられないの に対して、アトピー犬のほぼ7?8割で上昇しています(Morris 1998,Seru m 2001)。非IgE由来の自然発症型アトピーの比率 を考えると、ほぼ全てのアトピー犬でマラセチアのアレルギーが 存在するといえます。なので、マラセチア治療は慢性アトピー犬 では最優先でやることであり、もっとも短期間で最大限の効果 がみられる治療です。  慢性アトピーでは、薬物治療として抗生物質と抗真菌剤を使 用します。抗生物質はクラブラン酸アモキシシリンやセフェム 系、キノロン系などを通常2週間使用します。同時にマラセチア に対してケトコナゾールあるいはイトリコナゾールを通常1?2 週間使用します。劇的な効果がみられないときにはアトピーでは ない可能性が高いと考えます。

*スキンケア  
慢性アトピーはスキンケアによってのみコントロールが可能で す。薬物療法と同時にスキンケアを始めます。洗う回数の目安は 週2回程度が最も効果的と考えられ、症状が軽くなっていくの にあわせて減らしていき、最終的には通常2週に1回程度で行 います。


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