学術コラム

基礎から学ぶ術前〜術後までの手術の流れ

  • 東京農工大学 獣医外科学教室
    准教授 福島 隆治

【手術フロー】
どんな手術においても、根本となる手技に関する一連の流れは同じものと言える。また、これらの基本的な手技の積み重ねが非常に重要である。今回の特集記事の内容は、筆者が日頃実践しているものであり、あくまでも一例である。よって本特集記事を参考にして、皆様なりにアレンジしていただきたい。手術に関わる個々が、高い意識を持っていただければ幸いである。

【7】術前全身状態のチェック

導入前のチェックに外せない代表的な3項目を説明する
術前血液生化学検査、レントゲン、心エコー検査については他書を参考にすること
■体温(直腸温):ご存知の方も多いと思うが、復習のため説明する

1.体温計を持ち、犬・猫の尾をあげ、肛門に体温計を入れる。
雌の場合は、外陰 部と間違えないようにする(写真46)

2.体温計を入れたら尾を降ろし、動物をリラックスさせた状態で測定する(写真47)

体温参考値
体温(℃) 38.0〜39.0 38.0〜39.5

※あくまで参考値として認識していただきたい。子犬や興奮時には体温が高いなど、状況により変化することも認識しておくこと。

ワンポイントアドバイス

体温計を肛門に入れる際に、動物が驚いて動いたり噛んだりすることがある。保定者は噛まれたり、動物が逃げ出さないよう気をつける。動物側、処置する側の双方に、害がないよう心がけることが大切である。

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■心電図:心拍数の把握と不整脈の発見を評価意義とする
様々な電極リードのうち、今回はワニ口クリップ電極リードでの心電図測定について説明する

1.心電計側のアースがとられている事を確認後、右側横臥位で保定する。ゴム製マットの敷かれた検査台上などで行うと正確な結果がでやすい(写真48)

2.前肢は肘付近、後肢は膝付近をアルコール、電極用クリーム、あるいは生理食塩水等で濡らし、電極を装着する(写真49、50)

3.動物を落ち着かせ、波形が安定したら記録を開始する。通常の設定は、ペーパー送りの速さが50mm/sec 感度は1mV=1cm とした方が良い(写真51)

4.通常電極は以下の位置に装着(写真52)
赤色 右前肢 (マイナス電極)
黄色 左前肢 (マイナスあるいはプラス電極)
黒色 右後肢 (動物側アース)
緑色 左後肢 (プラス電極)

ワンポイントアドバイス

・手術中の不整脈の発現には、自律神経バランスや心筋虚血が大きく関与している。また、これらの関係上、麻酔導入時にすでに不整脈が見られることがあり、術前に心電図波形を記録しておくべきである。

・電極リードは付け間違えると目的の誘導を選択できないことがあるので、使用前にプラスとマイナスの電極リードを把握しておく。通常はQRS 群が一番大きく得られるU誘導(+ 60°の平均電気軸)を選択することが多い。

・呼吸・循環状態が不安定な場合、伏臥や立位も検討するが、アーチファクトが生じやすいことを考慮する。

■血圧:まだまだ測定される先生は少ないが、今一度重要性を認識していただきたい
今回は動物用血圧測定器を用いた非観血的血圧測定法の一種を説明する

1.測定部の周囲長30〜40%幅の適切なカフを選んで測定位置に設置する。そして、カフを付けたまま暫くその状態に慣れさせる(5 分以上)。

2.測定体位は可能な限り無保定が望ましく、カフと心臓の位置が同じ高さになる ようにする(写真53)

3.主観的に落ち着いたと判断したら血圧測定を開始する。測定中に心拍数が徐々に低下し安定する現象が認められる(写真54)

4.最低3 〜 5 回は測定し、測定値の変動が5mmHg 以内であるものが3回得られるまで繰り返す(写真55)

ワンポイントアドバイス

ポイント4:前腕部の手根関節での測定

・血圧測定部位としては、前腕部の手根関節上部、下腿部の足根関節上部、尾根部が候補として挙げられる。無保定でも測定可能、体動の影響が少ない、カフ装着が容易などの点から、無麻酔下では尾根部での測定が有用である。(写真ポイント4)

・動物が緊張することを避けるため、小型犬種や猫ではキャリー内で測定するなど、動物をリラックスさせる状態を生み出す工夫をしていただきたい。

【オシロメトリック法による健常犬・猫の血圧参考値】
動物種 収縮期血圧
(mmHg)
平均血圧
(mmHg)
拡張期血圧
(mmHg)
144±27 110±21 91±20
139±27 99±27 77±25
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【8】導入・挿管

各臓器機能に大きな問題がない場合の一例を説明する 麻酔量は参考値であり、方法はそれぞれの病院のやり方に順ずること

【準備しておくもの】
用意していた麻酔関連薬、喉頭鏡、気管チューブ、バイトブロック又はチューブタイ、麻酔マスク、ガーゼ、サージカルテープ(細いもの)、シリンジ(気管チューブカフ用)、キシロカインゼリー

1.挿管に必要な器具を準備する(写真56)

2.三方活栓を開き、麻酔関連薬の入ったシリンジをつける。アル綿で消毒するなど全工程を無菌的に行うこと(写真57)

◎麻酔投与方法例
・硫酸アトロピン(0.05mg/kg SC), アンピシリンor セファゾリン(25mg/kg IV)を投与し、5 分間待つ。
・酒石酸ブトルファノール(0.2mg/kg IV)、ミダゾラム(0.2mg/kg IV)を投与し、5 分間待つ。
・プロポフォール6mg/kg

3.量を用意し、患者の様子を見つつ、投与量を加減しながら30秒以上かけてゆっくり投与する。ほとんどの患者では、麻酔前投与薬の効果によりプロポフォール総投与量を2 〜 3mg/kgへと抑えられるが、下顎の弛緩が足りないなどの場合は、必要に応じて吸入麻酔を行う(写真58)

4.動物の下顎が弛緩したらガーゼで舌を持つ。そして反対の手で上顎の第一前臼歯辺りを持ち、素早く口を開く(写真59)

◎チューブタイを使用した方法
5.獣医師は喉頭鏡を用い喉頭蓋を確認し(写真60)、気管を傷つけないように気管チューブを挿管する(写真61)
挿管した後、気管チューブをトリニティトレイクチューブタイで動物の顎部に 固定する(写真62)

6.気管チューブを人工呼吸器につなげ、人工呼吸を開始させる(写真63)。 モニターカプノグラムによりCO2波形を確認し、気管内に挿管されているか確認する。
引き続き気管チューブのカフから空気を入れて、リークの消失を確認する(写真64)

ワンポイントアドバイス

・麻酔導入が始まると動物は自発呼吸が停止するため、この処置中のミスは許されない。そのため手術に臨む全員が一連の流れを頭に入れ、迅速かつ正確に行う必要がある。

・気管チューブには事前にキシロカインゼリーをつけて準備しておくと、挿管がスムーズに行える。

・ 口を開き過ぎると喉部が伸展してしまい、気管が狭くなってしまう。そのため練習を重ねて、挿管者からみて声門が正面に確認できるように慣れておくこと。

・気管チューブが食道に入った場合、モニターカプノグラムのCO2 がゼロに近くなるので、モニターには常に注意する。

・人工呼吸器のソーダライムの交換にも注意する。全体が変色する前に交換しておくこと。

・ 調節呼吸は状況に合わせて変化させるが、通常8〜15 回 / 分、気道内圧を10 〜 15cmH2O に設定すると良い。

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【9】 術野の剃毛・消毒

手術の回数が多い体幹部の術野について説明する

【準備しておくもの】
バリカン又はサージカルクリッパー、滅菌綿、ヨード系消毒剤(ポピドンヨード等)、消毒用アルコール、ハイポエタノール(ヨード脱色用)、クロルヘキシジン、グローブ、スプレー

1.患者を仰臥位に保定して、手術台に固定する。バリカン(0.1mmがお勧め)を用い、切開部位を中心に丁寧に長方形に剃毛を行う(写真65、66)

2.ヒビスクラブを用いて、切開部から外に向ける様に洗浄を行う。その際、汚れと術野の細かい毛を落とす目的なので、グローブをしてしっかり汚れを落とす(写真67、68)

3.引き続きイソジンを用いて消毒を行う。この作業で中心から外側へ向ける様に消毒を行う(写 真69、70)
イソジンをハイポエタノールで綺麗に脱色し、残さず拭き取る(写真71)

4.最後にアルコールで最後の消毒を行う。術野に汚れ、毛などの残留物がない様に十分に気をつける(写真72)

ワンポイントアドバイス

・バリカンの刃は0.1mmの物を使うと細かい剃毛ができる。

・剃毛の範囲は患者の大きさにもよるが、予定している術野より1〜2cm程度余分に剃毛すると、広い術野を確保できる。

・剃刀は術野に小さい傷を作り、不必要な感染リスクを高めるので、使用しないほうが賢明であろう。

・イソジンには残留効果があり、塗布乾燥後に約3分静置すると殺菌効果が増強される。

・消毒薬に対してアレルギー反応を示す個体もいることに注意すること。

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