学術コラム

基礎から学ぶ術前〜術後までの手術の流れ

  • 東京農工大学 獣医外科学教室
    准教授 福島 隆治

【手術フロー】
どんな手術においても、根本となる手技に関する一連の流れは同じものと言える。また、これらの基本的な手技の積み重ねが非常に重要である。今回の特集記事の内容は、筆者が日頃実践しているものであり、あくまでも一例である。よって本特集記事を参考にして、皆様なりにアレンジしていただきたい。手術に関わる個々が、高い意識を持っていただければ幸いである。

【10】ドレーピング

ここで失敗すると消毒が台無しになるので、注意すること

【準備しておくもの】
手術用ドレープ(滅菌済み)、タオル鉗子、手術器具用のドレープ(滅菌済み)、麦粒鉗子

1.消毒した術野に滅菌したドレープをかける。その際に術者の体や未滅菌の場所に 触れないように気をつける(写真73)

撮影協力:宮川動物病院(新潟県)

2.タオル鉗子を用いてドレープを固定する。未滅菌部を広げないように、出来るだけ動かさない(写真74、75)

代表的な滅菌方法
滅菌方法 特徴・方法等
高圧蒸気滅菌 オートクレーブを用いて行う、簡便かつ信頼できる滅菌法
121℃ 0.1Mpa 20分、126℃ 0.14Mpa 15分が一般的
高温で変形するものの滅菌には不適
ガス滅菌 エチレンオキサイド、ホルムアルデヒドガスを用いて行う
滅菌におおよそ一晩かかるため、事前の準備が必要
ガスを吸収・変形する材料には不適 プラスチックには適応する
放射線滅菌 γ線や電子線を用いて行う滅菌法
主にディスポーザブル製品の滅菌に用いられる
ワンポイントアドバイス

ポイント5:VIドレープを使用した場合

・タオル鉗子の変わりにVIドレープを使うと、術野とドレープの間を埋めることができる。(ポイント5)

・各種プラスチックドレープを用いるなど、術後の感染リスクを下げる努力を事前に行うことは重要である。

関連商品

【11】術中全身状態のチェック

術前にチェックした3項目は術中もモニターする必要がある

麻酔導入中:心電図、尿道カテーテル等も装着した状態

【体温】

手術中の動物は麻酔薬の直接的影響、切開部位からの放熱、消毒による気化熱、体温より低い輸液などにより体温が低下する。
低体温により疼痛の増強、覚醒時の悪寒、血液凝固障害などが引き起こされ、一度下がった体温は末梢血管が収縮することにより、容易には戻らない。よって麻酔導入時から体温を下げない努力が必要である。

体温維持の工夫例
・室温の維持:25℃前後に設定、手術終了前に室温を上げていく。
・輸液の加温:体温を上昇させることは難しいが、熱喪失を防ぐことが可能。
電子レンジによる加温は薬剤の変性、容器の輸液内への溶出など見えないリスクが大きい。
輸液ラインを温める専用の機器を用いると確実である。

・体温の保温と加温:ブランケット等で体表面を覆うことで熱喪失をいくらか減少できる。術後にドライヤーで加温する場合は、体表面の血管拡張による低血圧や火傷しないように、直接温風が当たらないようにする。
マットヒーター等を使用する際には低温火傷をしないように気をつける。

・プローブを用いた直腸温測定:多くの手術で用いられている。装着は簡単であるが急激な体温変化を反映するのに時間を要する。

・プローブを用いた食道温測定:誤嚥の危険性や挿入に練習が必要などのリスクがあるが、測定部位の把握ができる、急激な体温変化が分かるなど利点も多い。

関連商品

P波:心房の興奮(脱分極)
PQ間隔:房室伝導時間
QRS波:心室全体の興奮(脱分極)
ST波:心室の興奮終了
T波:両心室の興奮からの回復(再分極)

【心電図】

手術中の心拍数の測定、不整脈の有無の確認に加え、波形の変化(特にST 波)にも注意する。生体モニターと心電図波形と心拍数が一致しているか必ず確認すること。生体モニターのほとんどはR 波をカウントしている。P波もしくはT波が 増高している場合は、猫などでしばしば見られる現象であるが、心拍数が2倍に表示されるダブルカウントが認められることがある。

心電図を測定する目的の一つに不整脈の発見がある。
不整脈の発生機序や抗不整脈薬を使用した管理は他書を参照していただきたいが、十分な酸素供給や疼痛管理により不整脈に対処できる可能性があることを頭に入れていただきたい。

生体モニターの一例を挙げる(写真77)、健常な犬猫において100%酸素を吸入している時のSpO2の正常値は95%以上で、術中もこの基準を維持するように意識する。各項目の詳細な説明等は他書を参考にしていただきたいが、手術に臨むメンバーは、各項目の基準値と異常が起きたときの対処法を事前に身につけておいてもらいたい。

【血圧】

手術中における血圧の変化を示す。観血的血圧測定法に関しては他書を参照してもらい、ここでは動物用血圧測定器を用いた場合を説明する。

麻酔処置→血圧低下→血液循環量の減少による臓器機能不全→重症の場合は術中死→疼痛刺激→交換神経興奮による血圧上昇→細胞障害による臓器機能不全及び術中の出血傾向

・麻酔中の収縮期血圧は80〜160mmHg の範囲にコントロールする。

・測定部位の3部位のうち、術中血圧の測定部位を前肢前腕部とすると、手術動作への支障は最小限となると思われる。

・カフの大きさは術前同様、測定周囲長の30 〜 40%が最適である。

ワンポイントアドバイス

・血圧測定は術中、術後の薬剤決定を左右する。

・周術期の乏尿に関して、低血圧であれば塩酸ドパミンや輸液剤の投与を行う。
それに対し高血圧の場合は、これらの薬剤投与で逆に状態を悪化させることがあるため、塩酸ジルチアゼム等の降圧作用のある薬剤を選択すると良い。

・血圧測定は周術期の循環管理のためには必要不可欠であると言え、先生方には是非とも血圧測定する習慣をつけていただきたい。

関連商品

【12】尿道カテーテル

尿量の測定は直接的に生体機能をモニターする役割を果たす

【準備しておくもの】
滅菌尿道カテーテル、カテーテル用コネクター、キシロカインゼリー、シリンジ(1cc、5cc、10cc)、膣鏡、耳鏡、手術用消毒液(ポピドンヨード等)、手術用滅菌手袋、ナイロン糸、粘着テープ、光源、滅菌生理食塩水、バリカン
※事前に包皮や外陰部の周りを消毒、必要に応じて剃毛する。術者は手を消毒、必要に応じ手術用手袋を着けておく。

■雄犬(無麻酔下の場合:フォーリーカテーテル使用)

1.術者側の犬の後肢を後ろに引き、術者が処置しやすい体勢にする(写真78)

2.包皮を陰茎の基部方向にめくり、陰茎を3cm 以上露出させる(写真79)

3.カテーテルにキシロカインゼリーを塗り、尿道口から挿入する(写真80)

■雄猫(無麻酔下の場合:トムキャットカテーテル使用)

短期挿入の場合はオープンエンド(先穴)、留置目的の場合はクローズドエンド(横穴)のトムキャットカテーテルを用いる。サイズは3.5 フレンチのものが処置しやすい。

1.処置者が右利きの場合は、右横臥に保定し、尾を背側にそらす(写真81)

2.陰茎を包皮から露出し、左手で陰茎を保持する(写真82)

3.キシロカインゼリーを塗ったカテーテルを挿入する。無理に挿入して尿道を傷つけないように気をつける(写真83)

■雌犬(全身麻酔下の場合:バルーンカテーテル使用)

1.尾をよけて術者が処置しやすいように する。膣鏡とカテーテルにキシロカインゼリーを塗り準備し、外陰部の粘膜を避け消毒する(写真84)

2.膣鏡の先端を背側に向けながら陰核窩を避けて膣に挿入し、骨盤に入ったら水平方向にする(写真85)

3.膣鏡を広げ、光源を用いて中を観察し、尿道口の位置や状態を確認する(写真 86)

4.膣鏡を通して外陰開口部から3〜5cm奥の腹側にある尿道口付近にカテーテルを挿入する(写真87)

5.滅菌手袋をした、キシロカインゼリーをつけた人差し指を膣内に挿入、膣床にある尿道乳頭を確認、カテーテルを乳頭に進め、尿道に挿入する(写真88、89)

6.滅菌生理食塩水を入れ、コネクターを付けたシリンダーをカテーテルにつなげる。生理食塩水をカテーテル内に入れてバルーンをふくらませ、カテーテルが固定されたか確認する(写真90、91)

7.シリンジとコネクターを外し、尿を確認したら(写真92)、再び装着して尿量を計測する(写真93)

■雌猫(全身麻酔下の場合:今回は文章だけの方法を述べる)

雌犬同様に鏡を用いるが、膣鏡では大きすぎるため、耳鏡を使うと処置しやすい。

1.尾をよけて術者が処置しやすいようにする。耳鏡とカテーテルにキシロカインゼリーを塗り準備する。

2.膣に耳鏡を入れ、尿道口の位置や状態を良く確認する。

3.陰唇を後方に牽引しつつカテーテルの先端を膣の腹側に沿わせながらゆっくり挿入する。

4.膣内約1cmの所にある尿道口に滑り込ませる。盲目的に行う事が多いが、練習と経験を積むことで挿入しやすくなる。

ワンポイントアドバイス

・尿道損傷や膀胱破裂を引き起こさないように注意する。

・手術中の尿道カテーテル留置の目的は、生体機能をモニタするために尿量、尿比重を測定するためである。手術中の乏尿は術後の腎不全を引き起こす可能性がある。そのため健常犬猫のおおよその尿量である2ml/kg/hrは維持できるように気をつける。

・犬では多用途チューブやフォーリーカテーテルの3〜10 フレンチ、猫では3.5 フレンチのトムキャットカテーテルを用いると良い。

・周術期では持続的な尿量測定のため、バルーンカテーテルを用いると良い。

■健常犬・猫の尿比重基準値

屁比重:1.015〜1.045


屁比重:1.015〜1.060

関連商品

価格改定のご案内 更新

カテゴリーから探す


便利サービス

開催中のキャンペーン



pagetop